萌豚考
「萌豚」とは何を喩えて「萌豚」と表現しているのか、深夜に考えた。
1. 容姿説
豚のように太っている容姿であるオタク自身が、キャラクターに対して「可愛い可愛い」と叫んでいる様子を表現したものである。自虐として用いたとするならば種々の点で疑問が残るが、しかし単にコンテンツを消費するのみで生産しない輩を批難する意図で用いられていたものが、(特に「養豚場」と称された『インフィニット・ストラトス』頃から)遍く使われるようになった結果その批判性を失っていった語であると理解するならば平仄が合う。しかし必ずしもオタクは太った容姿をしている訳ではない(ことはオタク自身が最もよく知っている筈である)にも関わらず、オタク自身が斯かるステレオタイプなオタク像に囚われている点、仮に「可愛い可愛い」と叫んでいてもソレに尽きずコンテンツを生産している可能性がある点、等において的確な比喩であるとは言い難い。
2. 関係性説
「アニメ、ライトノベル等の現在の萌え系コンテンツと、それに対する従順なオタク層との関係を『安全な檻の中で育ち、与えられた人工餌だけで育てられ、やがて食肉として人間に利用される』家畜豚のイメージになぞらえた蔑称」であり、2005-2006年頃から登場した語であるとする説(ニコニコ大百科より)。此処では豚がオタク層、人間がコンテンツ供給者、食肉は金銭ということになろうか。しかし2005-2006年と言えば『灼眼のシャナ』、『涼宮ハルヒの憂鬱』がテレビ放送された時期であり、萌え系コンテンツとして必ずしも「安全な檻の中」であると言い難いのではないか。そもそも需要と供給という面でみれば両者に利得があり、コンテンツ供給側の利用だけを殊更に強調するのは問題であると言うほかないであろう。
3. 結論
くだらん。
よくレビュー批判をする人が公平性がだの客観性だの言うが、レビューに客観性などありえない。
自分がプレイした、どう思ったかを書くのだから、主観に決まっている。
客観性だの公平性だのをレビューに求める人は、根本から間違っている。そんなことを出来ると信じるほうがどうかしているのだ。人は客観になれるわけもないし、公平になれるわけもない。
レビューは分かりやすく書けば「僕はこのゲームを面白い・詰まらないと思いました、なぜならXXだからです」が書いてある場所だ。
そして「なぜ面白いと思ったか、詰まらないと思ったかを分かりやすく人に伝え、人がソフトを買いやすくする(もしくは回避しやすくする)」のが努力目標だ。
客観だの公平だのと言う人は「何が客観で公平なのか」を定義して、次にそれを実現する方法を明快にしてから語ってもらいたい。
あと、ケチつける低得点のレビューを辛口とか喜ぶ人がいるが、ケチつけるレビューは本質的には信じられない。
なぜならケチをつけるのは一番簡単なことだからだ。
「ないものねだり」をすれば簡単にケチをつけられる。
FFやドラクエに「ベゼスタのRPGのような自由度がない」といえばいいだけだ。
そしてベゼスタのRPGには「映画のような緊密なストーリーがない」といえばいい。
実際、インターネットを検索して出てくる自称辛口レビューのかなりの部分はこれで出来上がっているし、気に入らないゲームを叩くときに一番使われる手法もこれだ。
こんなもので辛口だとか言われてもチャンチャラおかしい。自分が偉くなった気分に浸るために行われる評価など、なんの意味もない。
「社会が、、、嫌だ、、、社会から逃げたい、、、山に篭って、、生活したい、、」
ときたもんだ。
この時わかったよ。悟ったっつうか。
こいつ今まで自分に言い聞かせてたんだわ。
嫌な事が多すぎて言わずにいられなかったんだわな。社会に出たら厳しいと。
皆何も言えなかった。さっきまでキレてた親父も押し黙ってうつむいてた。
いとこは極端な例で、こいつ以外にも「社会に出たら厳しい」が口癖の奴が
たまにいるんだが、この件以来なんとなくわかった。
皆、厳しい社会に押しつぶされそうな自分に言い聞かせてるんだわな。
学生を諭すという形を借りて、必志で自分に言い聞かせてるんだわな。
最近じゃ会わなくなったけど今何してんのかな、いとこ。
“Classic”: A book which people praise and don’t read.
Mark Twain
古典とは、人々が賞賛するが、読みはしない本のことだ。
マーク・トウェイン
– 本 | 英語名言ドットコム (via kailily) Via Quantum Quotations「生きてるのが辛い」/「バイオレンスクマ雛」のイラスト [pixiv]
“2日前、twitterで全く知らない人のアイコンのキャラが妙に気になり、「この銀髪の子誰?」と聞いた所、「プリキュアのイース様じゃない?」という 返答がフォロワーの方から多数届き、気になったので仕事から帰宅してすぐさま徹底的に情報を集め、フレッシュプリキュアのキャラということが判明し、設定 から何からもう「何で今まで僕はこんな素敵なキャラクターを知らなかったんだ」と感情の高ぶりを久しぶりに覚え、フレプリを見始め、23~25話の当たり でゾッコンになりました。悪役の子で紅一点、体の痛みと引き換えに強力な敵を召還するもラブ達との日頃によって冷酷な心から本心が見え隠れし、遂には仮の 姿を暴露し、宣告された寿命の日にラブとタイマンを張り、心の底ではラブの天真爛漫な感情を羨望していた事を吐露、気持ちが打ち解けた瞬間に寿命…アニメ をリアルタイムで見ていた人は、さぞかし心が痛んだのではないかと思います。アニメのキャラクターで、ここまで感情移入してしまったキャラは初めてです。 サドい面が大きいお友達にやはり人気な様で。でも僕としては、イース時代も転生した後のせつなもとても好きになりました。冷たく、暴力的な面と、純粋な、 前向きになろうとする面、2つの面があったからこそ、ここまで魅力的な存在に感じたのかもしれません。僕は今までフィギュアとか一切興味が無かった人間な んですが、この子のフィギュアが今とても欲しい。そのくらいドハマりしました。キャラデザも完全にツボで、普段不健康な青いお姉さんをよく描いているせい で、日曜の朝からしんどそうな表情を浮かべるイースが全国に放送されていたと思うと、見逃したことがとても悔しく思います。同時に、プリキュアは子供だけ でなく、いい年した大人も十分に楽しめるアニメだと改めて思いました。子供の頃は難しい事を考えずに楽しめる。年をとってくると、人としての心の在り方、 前向きな心、人の優しさが、いかに疲れた身にしみるか。僕自身は今24歳ですが、こんな文章を打ってしまうくらいに衝撃を受けました。ほんとう、なぜ今ま で知らなかったんだろう。イースというキャラクターがとても美しく、とても純粋で、とても寂しそうで。なぜだか絵を見るたびに、生きているのが辛くなりま す。こんな感情、絶対分からないと昔から思ってたんだけど、今日分かってしまった。現に今、食欲すら起こらない。そのくらい、ハマった。”
文学とは、文学者とは何か。いろんなことがいえるだろうが、この作品と1年にわたり付き合って、僕はいま、あらためてこう思う。
それは、あなたの代わりに泣くものなのだと。
──長年、MITの学生たちを見ていてよくある「過ち」があれば、教えてもらえますか?
最も陥りがちな過ちは、あまりにも多くのことに興味を持ち過ぎてしまうことです。いろんなものに興味を持つこと自体は悪くないですが、ある段階できちんと何がいちばん大事かを考えて、それをやり遂げなければならない。
たとえ他に面白そうなものがあっても、成功する可能性があっても、いちばん大事なもの以外は捨てなければならない。なぜなら、一日は24時間しかないし、人生は100年もないわけです。時間は限られている。
でも、若い人にとってそれを認識するのは難しいんでしょうね。残り時間を無限だと考えているし、エネルギーも無限にあると思うから、いろんなことに手をつけてしまう。優先順位をつけるための価値体系が固まっているかどうかが大事なポイントでしょうね。
──いろんなことに興味を抱いてしまう学生に、どういったアドバイスをされるのですか?
何を選ぶのかを考えさせますね。そして、なぜそれを選び取ったのかをきちんと説明できるように考えさせます。最終的には君は何のために生きているんだ、という話に行き着くことも多いです。「人生が残り1日しかなかったら、どれを選ぶんだ?」「残り10年だったら何を選ぶんだ?」と問いかけるわけです。
「社会にどういうインパクトを与えれば君は満足するのか?」という話をして、優先順位を決めさせる。これができない人は、自分が見えていない人、つまり哲学のない人が多いですね。
– MITメディアラボ石井裕副所長インタビュー(後編) « クーリエ・ジャポンの現場から(編集部ブログ) (via tinyreminder) Via Desk of dusk「君もまた覚えておけ、
ワラのようにではなく、ふるえながら死ぬのだ。
1月はこんなにも寒いが、
唯一の無関心で通過を企てる者を俺が許しておくものか」

![enya-r:
「生きてるのが辛い」/「バイオレンスクマ雛」のイラスト [pixiv]
“2日前、twitterで全く知らない人のアイコンのキャラが妙に気になり、「この銀髪の子誰?」と聞いた所、「プリキュアのイース様じゃない?」という 返答がフォロワーの方から多数届き、気になったので仕事から帰宅してすぐさま徹底的に情報を集め、フレッシュプリキュアのキャラということが判明し、設定 から何からもう「何で今まで僕はこんな素敵なキャラクターを知らなかったんだ」と感情の高ぶりを久しぶりに覚え、フレプリを見始め、23~25話の当たり でゾッコンになりました。悪役の子で紅一点、体の痛みと引き換えに強力な敵を召還するもラブ達との日頃によって冷酷な心から本心が見え隠れし、遂には仮の 姿を暴露し、宣告された寿命の日にラブとタイマンを張り、心の底ではラブの天真爛漫な感情を羨望していた事を吐露、気持ちが打ち解けた瞬間に寿命…アニメ をリアルタイムで見ていた人は、さぞかし心が痛んだのではないかと思います。アニメのキャラクターで、ここまで感情移入してしまったキャラは初めてです。 サドい面が大きいお友達にやはり人気な様で。でも僕としては、イース時代も転生した後のせつなもとても好きになりました。冷たく、暴力的な面と、純粋な、 前向きになろうとする面、2つの面があったからこそ、ここまで魅力的な存在に感じたのかもしれません。僕は今までフィギュアとか一切興味が無かった人間な んですが、この子のフィギュアが今とても欲しい。そのくらいドハマりしました。キャラデザも完全にツボで、普段不健康な青いお姉さんをよく描いているせい で、日曜の朝からしんどそうな表情を浮かべるイースが全国に放送されていたと思うと、見逃したことがとても悔しく思います。同時に、プリキュアは子供だけ でなく、いい年した大人も十分に楽しめるアニメだと改めて思いました。子供の頃は難しい事を考えずに楽しめる。年をとってくると、人としての心の在り方、 前向きな心、人の優しさが、いかに疲れた身にしみるか。僕自身は今24歳ですが、こんな文章を打ってしまうくらいに衝撃を受けました。ほんとう、なぜ今ま で知らなかったんだろう。イースというキャラクターがとても美しく、とても純粋で、とても寂しそうで。なぜだか絵を見るたびに、生きているのが辛くなりま す。こんな感情、絶対分からないと昔から思ってたんだけど、今日分かってしまった。現に今、食欲すら起こらない。そのくらい、ハマった。”](http://24.media.tumblr.com/tumblr_lz6ugrAd8n1qakmfoo1_500.jpg)
